横浜市立大学の環境ホルモン研究施設で現在行われている 「ビスフェノールAの総合研究」 の中で、自分が分担している部分について簡単にご紹介します。

Last update: 2003/4/24


研究課題:  アフリカツメガエルの性分化を指標としたビスフェノールAのエストロゲン活性検定

実験担当者:  内山英穂、矢部茂治、高山光男 (横浜市立大学大学院総合理学研究科)


要旨
 アフリカツメガエルのオタマジャクシ幼生が成長し、変態してゆく過程で、外から女性ホルモン(エストロゲン)が投与されるとメス個体が増えることが知られてます。これを指標として、ビスフェノールAのもつエストロゲン活性を検定しました。まずエストロゲンの1つであるエストロン(Estrone) はメス個体を増加させる活性があるかどうかを検討しました。その結果、この分子ははっきりとメス個体を増加させることがわかりました。そこでビスフェノールAについても様々な濃度範囲にわたって調べました。しかしビスフェノールAには有意にメスの比率を増加させる活性はありませんでした。ほ乳類の胎児などを使った実験などからビスフェノールAのもつエストロゲン作用を危惧する声が一部にありますが、私の調べた範囲ではビスフェノールAにはエストロゲン活性はほとんど検出されないという結果になりました。


序論
 近年になり、主にプラスチック製造・加工過程で使われる化学物質が、弱いエストロゲン作用をもつことが報告されています。こうした物質のもつエストロゲン作用が人体や野生生物にどれくらい影響するものかについて、各方面で精力的に研究がなされています。横浜市立大学でも、環境ホルモン研究施設を立ち上げて、この問題に取り組んでいます。
 さて、アフリカツメガエルに外部から十分な濃度のエストロゲン(女性ホルモン)を投与し続けると、その遺伝子型に関わらず完全なメス個体が生ずることが知られています。そこで過去の文献を調べてみますと、ドイツのグループによってなされた実験では、アフリカツメガエルの幼生をビスフェノールAやノニルフェノール存在下で飼育したところ、有意にメス個体が増加しています( Kloasら 1999)。私たちもこの論文を参考にしながら、ビスフェノールAが我々の飼育条件下でもメス個体を増加させるかどうか、調べてみました。


実験方法
 アフリカツメガエルのオタマジャクシ幼生を、植物性のエサを与えながら数ヶ月にわたり 20℃で飼育しました。変態直前まで成長したオタマジャクシ幼生を環境ホルモン研究施設に運び、ビスフェノール A投与を開始しました。ビスフェノールAはエタノールに溶解したストック液を常温保存し、これを千倍から数万倍に薄めるかたちで飼育水に溶解しました。対照としてエタノールのみを投与する群を作成しました。変態が完了してカエルとなり、やや成長した時点で麻酔し、解剖して生殖巣を解剖顕微鏡で調べて雄雌を判定しました。環境ホルモンを含む飼育水はホルモン研究施設付属の廃水処理装置により、オゾン処理を含む数段階の無毒化処理が施されました。同様にエストロンについても実験を行いました。


結果
 ビスフェノールAの各濃度群いずれも 90匹からスタートしましたが、途中で少し数が減りました。これは通常のオタマジャクシの飼育中にも起こるので、環境ホルモンの影響とは考えられません。変態を完了して少し成長した小ガエルの生殖巣を解剖して調べてみると、オスの場合、小さな楕円形の精巣が腎臓の前方にくっついているのが発見できます。一方メスにおいては平べったく大きく発達した卵巣が、腎臓の全体にわたって腹側に広がっているのがわかります。これを指標としてオス・メスの判定をしました。何も投与していないグループ、およびエタノールを投与したグループにおいては、オスとメスの数は拮抗しつつ、ややオス個体が多いという結果でした。ビスフェノール A投与群についても、どの濃度の投与群でもオスとメスの比率が著しく対照群とは異なることはありませんでした。反対に、10-6Mとやや高濃度のエストロンで処理したオタマジャクシは、調べた個体の全てがメスになりました。

考察
 Kloasら(1999)によると、ビスフェノールAは10-7Mで有意にメスのアフリカツメガエル 個体を増加させ、10-8Mでは統計的に有意ではないが対照群よりもメス個体が増えていま す。Kloasらの方法は、当初の私達の実験方法よりも、オタマジャクシを早い段階からビスフェノールA処理している点が違いました。私達は当初 VillalpondoとMerchant-Larios (1990) の結果を参考にして、性ホルモン感受性の時期と考えられる変態直前の段階に達したオタマジャクシを実験に用いていました。実際にはもっと早い時期にホルモン感受性が始まっている可能性も考えられたので、最近ではかなり早い段階からビスフェノールA処理を開始しています。最近の実験における処理の開始時期に関しては問題はないと思われます。また今年1年間は、かなり高濃度のビスフェノールAの活性も調べました。あまり高濃度にしてしまうと、(あまり高濃度にすると悪影響が出るのは、多くの物質について言えることですが) やはりオタマジャクシの成長自体に悪影響が出てくるので、そうした濃度を調べた上で、それよりもやや低い濃度にしました。それでも自然界に存在しうる濃度よりははるかに高い濃度についても調べました。しかし、メス個体が僅かでも増加するということはなかったので、ビスフェノールAは、少なくとも私たちの用いた実験条件下においてはエストロゲン作用を示さないと考えられます。

左の写真はオス・メスの判定を行った頃のステージのアフリカツメガエル (変態後1ヶ月くらいの小ガエル) です。もう少し飼えば、外見的にもはっきりとオス・メスを判定できますが、このステージだと生殖巣の外見を観察するのが確実な判定方法になります。







参考文献
Chang and Witschi (1956) Proc. Soc. exp. Biol. Med. 93, 140-144.
Kloas, Lutz and Einspanier (1999) Sci. Total Environ. 225, 59-68.
Villalpondo and Merchant-Larios (1990) Int. J. Dev. Biol. 34, 281-285.


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